避難所の感染症対策|隔離スペースの確保方法を能登の実例から解説

避難所の感染症対策で最も難しいのは、感染者が出たあとの対応です。能登半島地震では、想定を大きく超える避難者が集まった学校で新型コロナウイルスの集団感染が発生し、運営側は隔離スペースの確保に追われました。インフルエンザ、ノロウイルス、新型コロナ。非常時に発生しやすい感染症の蔓延を防ぐには、簡易的な隔離室を「発生してから探す」のではなく、事前に確保しておく必要があります。

監修者

株式会社LIFULL ArchiTech 取締役COO
名古屋工業大学 共同研究員
山中典(やまなか つかさ)

この記事では、災害時に感染症が広がりやすい理由と能登半島地震の実例を公的資料から整理したうえで、国のガイドラインが求める対策、簡易的な隔離室を確保する3つの方法、平時からの備えの手順を解説します。避難所を運営する自治体・施設の担当者に加え、従業員の施設内待機に備える企業の総務担当者も対象です。
目次

災害時に感染症が広がりやすい理由

過密・断水・寒さ。避難環境は感染の条件がそろっている

避難所には、感染症が広がる条件が重なっています。多くの人が同じ空間で寝起きする過密状態、断水による手洗いとトイレ衛生の悪化、換気しにくい冬の閉め切った室内、そして疲労と低体温による抵抗力の低下です。

平時であれば発熱した人は自宅で休みます。避難所ではそれができず、症状のある人と健康な人が同じ空間で過ごし続けることになります。分ける場所がないという構造そのものが、感染拡大の最大の要因です。

広がりやすいのはインフルエンザ・ノロウイルス・新型コロナ

国立健康危機管理研究機構(旧・国立感染症研究所)は、能登半島地震の際に被災地の感染症リスクアセスメント表を公表し、避難所で注意すべき感染症としてインフルエンザや新型コロナウイルスなどの急性呼吸器感染症、ノロウイルスなどの感染性胃腸炎・急性下痢症、咽頭結膜熱などを挙げています。日本感染症学会も、東日本大震災後の避難所で問題となる感染症として、インフルエンザ、ノロウイルス、感染性下痢症などを整理しています。

とくにノロウイルスは、ごく少量のウイルスでも感染が成立し、嘔吐物からも広がるため、共有トイレと集団生活の環境では一気に拡大します。冬の災害ではインフルエンザとノロウイルス、季節を問わず新型コロナウイルスへの警戒が必要とされています。

高齢者は重症化しやすく、災害関連死の要因にもなる

避難者の多くを占める高齢者は、感染すると重症化しやすい層です。内閣府の災害関連死事例集でも、認定事例の大半は既往症のある高齢者で、避難生活での肺炎などの呼吸器系疾患が主要な死因のひとつになっています。

避難所の感染症対策は、体調不良者を出さない衛生管理であると同時に、災害関連死を防ぐ命の対策でもあります。

参照元:国立健康危機管理研究機構「令和6年能登半島地震による石川県における被害・感染症に関するリスクアセスメント表」日本感染症学会「東日本大震災―地震・津波後に問題となる感染症―」内閣府「災害関連死事例集(令和5年5月増補版)」

能登半島地震の避難所で起きたこと|感染症と隔離の実例

宝立小中学校では240〜300人中最大約50人が感染した

内閣府の避難所運営実態調査報告には、珠洲市立宝立小中学校の経緯が記録されています。想定収容287人のこの施設には発災直後800〜900人が集まり、当初は床に直接布団を敷く雑魚寝の状態でした。2024年1月中旬、避難者が240〜300人まで落ち着いた時期に新型コロナウイルスの感染が広がり、最大で約50人が感染しています。

県内では発災から1週間ほどで、輪島市や穴水町の避難所でも新型コロナやノロウイルスの感染者が確認されたと石川県などの発表をもとに報じられており、断水と過密が続く避難所での感染拡大は各地で同時に進んでいました。

隔離スペースは「隣接する分校の2階」だった

宝立小中学校で隔離スペースになったのは、隣接する分校の2階でした。感染が広がってから使える空間を探し、たまたま隣に建物があったため確保できた、という経緯です。内閣府の検証資料にも、発災当初の避難所は過密で、パーティションや段ボールベッドを置くスペース自体がなかったことが記録されています。

すべての避難所に「隣の分校」があるわけではありません。隔離できる空間を発生後に探すのではなく、どこに・何を使って・何人分つくるかを開設前に決めておくことが、能登の実例が示す教訓です。

コロナ5類移行後も避難所の感染対策が不要になったわけではない

新型コロナウイルスは2023年5月に感染症法上の5類に移行しましたが、避難所の環境が変わったわけではありません。能登半島地震は5類移行後の災害であり、それでも集団感染は起きました。内閣府が令和6年12月に改定した取組指針でも、パーティション・簡易ベッドの開設時設置など、生活環境と衛生の確保は引き続き柱に位置づけられています。

参照元:内閣府「令和6年能登半島地震における避難所運営実態調査報告(令和8年3月)」内閣府「令和6年能登半島地震における避難所運営の状況」サイエンスポータル「能登半島地震被災地で高まる感染症や心の不調リスク」内閣府「取組指針(令和6年12月改定)」

国のガイドラインが求める避難所の感染症対策と隔離の考え方

内閣府は新型コロナウイルスの流行を機に、避難所の感染症対策に関する通知・参考資料・取組事例集を整備しました。要点は「入口で分ける」「中で距離を取る」「出たら移す」の3段階に整理できます。

受付での健康確認と動線の分離

第一段階は入口です。内閣府の取組事例集では、入所時に手指消毒と検温を行い、受付票と聞き取りで健康状態を確認し、発熱や咳などの症状がある人を健康な人と別の動線で専用スペースへ案内する運用が示されています。避難者を受け入れてから分けるのではなく、受付の時点で分けることが基本です。

レイアウトの基準(距離の確保とパーティション)

第二段階は滞在スペースです。内閣府の参考資料に示されたレイアウト例では、家族間の距離を1m以上あけ、パーティションやテープによる区画表示でスペースを分けることが挙げられています。定期的な換気、出入口やトイレ周辺への消毒液の設置、マスク着用や咳エチケットの徹底も、取組事例集で共通して示されている項目です。

発熱者の専用スペースと搬送のシミュレーション

第三段階が、症状のある人の専用スペースです。発熱者・濃厚接触者には可能な限り個室を用意し、専用トイレと専用動線を分けることが望ましいとされています。取組事例集では、陽性者が出た場合に備え、避難者・市町村・保健所・入院医療機関の間で搬送を含めたシミュレーションをしておく必要性も指摘されています。

つまり国の枠組みでは、隔離スペースは「あれば望ましい設備」ではなく、受付・レイアウトと並ぶ感染症対策の必須要素です。問題は、多くの施設でその個室が物理的に存在しないことにあります。

参照元:内閣府「避難所における新型コロナウイルス感染症対策等の取組事例集」(令和3年5月)内閣府「新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所運営(解説資料)」内閣府「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応の参考資料(レイアウト例)」

簡易的な隔離室を確保する3つの方法

隔離室の確保方法は、既存の別室を使う、屋内に個室を設置する、建物の外に増設する、という3つの選択肢に整理できます。分離の度合いと準備のしやすさが異なるため、施設の条件にあわせて組み合わせます。

別棟・別室を使う(教室・分校・会議室)

最も確実なのは、生活スペースと建物や階が分かれた部屋を隔離用に指定しておく方法です。学校なら別棟の教室、庁舎や企業なら独立した会議室が候補になります。空気の流れと動線を完全に分けられるのが利点です。

制約になるのは部屋数と位置の2点です。宝立小中学校のように想定を超える避難者で施設が埋まると、隔離用に空けておくはずの部屋も生活スペースに転用されがちになります。トイレを分けられるか、見回りの動線を確保できるかも事前に確認が必要です。

屋内に個室を設置する(天井付き段ボール個室・テント)

別室が足りない場合は、体育館やフロアの一角に個室ユニットを置いて隔離区画をつくります。飛沫を遮る観点では、天井の開いたパーテーションより、壁と天井で覆われる天井付きの段ボール個室や屋内用テントが向いています。生活スペースから離れた角に配置し、テープで緩衝帯を区画して専用動線をつくるのが基本形です。

折りたたんで備蓄でき、感染者が出た時点で15分程度で立ち上げられる製品もあるため、「発生してから探す」を「発生したら開く」に変えられます。密閉された空間ではないため、医療的な陰圧室の代わりにはなりませんが、雑魚寝の中に感染者を寝かせ続ける状態と比べれば、接触と飛沫の機会は大きく減らせるはずです。

建物の外に隔離室を増設する(屋外設置型)

症状が重い人や感染者が複数出た場合に備えるなら、校庭や駐車場に独立した個室を設置し、建物そのものを分ける方法があります。屋内の避難者と空間を完全に分離でき、医務室や診察スペースを兼ねられるのが特徴です。断熱構造であれば、冬の発熱者や夏の体調不良者を屋外に移しても療養環境を保てます。

スクロールできます
比較項目別棟・別室の指定屋内の個室ユニット屋外設置型の増設
分離の度合い建物・階ごと分離同一空間内の区画建物ごと完全分離
準備事前指定と運用ルール備蓄倉庫に平積み保管平時設置または発災後搬入
立ち上げ即時(空いていれば)15分程度〜数時間〜
収容の柔軟性部屋数までユニット数で増減可敷地に応じて増設可
向くケース別棟のある学校・庁舎別室が足りない施設全般感染者複数・医務室兼用

3つは択一ではなく段階です。別室の指定を第一候補にし、あふれた場合の屋内個室、重症者や複数発生に備える屋外増設、と重ねておくことで、感染の規模に応じた対応ができます。

インスタントルーム・インスタントハウスの隔離室としての使い方

屋内個室と屋外設置型の具体例として、LIFULL ArchiTechの2製品を隔離用途の視点から見ていきます。いずれも能登半島地震の被災地で実際に使われた実績があります。

屋内隔離にはインスタントルーム(遮蔽・15分設営・パーツ交換可)

インスタントルームは、段ボールの多層構造で壁と天井をつくる屋内用の個室空間です。幅約2m×奥行約2m×高さ約2.7mで、工具を使わず大人2名・約15分で設営できます。天井まで覆われるため、パーテーションでは防げない飛沫の飛散を抑えながら、症状のある人が横になって休める空間を体育館の中につくれます。

隔離用途と相性が良いのが、パーツ単位で交換できる構造です。嘔吐物などで汚染された面だけを外して交換できるため、ノロウイルスのように消毒が難しい感染症でも、ユニット全体を廃棄せずに衛生状態を回復できます。使用後は紙資源としてリサイクルできる点も、感染対応後の処分のしやすさにつながります。

建物から完全に分離するならインスタントハウス(能登での医務室実績)

インスタントハウスは、2011年の東日本大震災での被災地支援をきっかけにした名古屋工業大学大学院の北川啓介教授の研究をもとに、LIFULLと名古屋工業大学大学院による共同研究にて開発した新しい構築物です。断熱材を360°に使用した構造で外気温の影響を受けにくく、能登半島地震では感染症隔離用の医務室として実際に活用されました。

基礎工事は不要でペグやビスで固定し、設営は1棟あたり数時間(約6時間)、建築確認は原則として不要です(行政判断による)。校庭や駐車場に設置すれば、避難者の生活空間と建物ごと分離した隔離室・診察室になります。冬でも療養できる断熱性能を屋外で確保できることが、テント型の救護スペースとの違いです。

平時は保健室・休憩室、発災時は隔離室のフェーズフリー運用

隔離室は、使われないことが一番良い備えです。だからこそ、災害時専用で用意すると投資判断が難しくなります。インスタントルームは平時の備蓄倉庫に水や食料と一緒に平積みし、インスタントハウスは平時に休憩室や保健室、集中スペースとして使いながら、発災時に隔離・医務用途へ切り替えるフェーズフリー運用が現実的です。

隔離室を含めた衛生管理の備え・手順

STEP
施設ごとの感染リスクと収容想定を確認する

想定避難者数、トイレの数、換気のしやすさ、断水時の給水手段を洗い出す。高齢者や要配慮者の割合が高い地域では隔離の必要数を多めに見込む。

STEP
隔離室の場所・方法・数を開設前に指定する

別室・屋内個室・屋外増設のどれで何人分を確保するかを避難所運営マニュアルに明記し、専用トイレと動線、見回りの担当まで決めておく。

STEP
個室ユニットと衛生資材をあわせて備蓄する

個室ユニットのほか、マスク、消毒液、使い捨て手袋、嘔吐物処理セット、体温計、パルスオキシメーターを同じ倉庫にまとめ、保管状態を年1回点検する。

STEP
受け入れから搬送までを訓練する

受付での健康確認、症状のある人の案内、個室の設営、保健所・医療機関への連絡と搬送の流れを防災訓練で通しで確認する。内閣府の取組事例集が示すシミュレーションに相当する部分。

避難所・事業所の感染症対策に関するよくある質問

避難所で広がりやすい感染症は何ですか?

国立健康危機管理研究機構(旧・国立感染症研究所)は、インフルエンザや新型コロナウイルスなどの急性呼吸器感染症、ノロウイルスなどの感染性胃腸炎・急性下痢症、咽頭結膜熱などを挙げています。冬の災害では呼吸器感染症と感染性胃腸炎、夏の災害では食中毒系への警戒も必要とされています。

隔離スペースはどこに作ればよいですか?

第一候補は生活スペースと建物や階が分かれた別室です。足りない場合は、体育館やフロアの角に天井付きの個室ユニットを設置し、テープで緩衝帯を区画して専用動線をつくります。感染者が複数出た場合や症状が重い場合に備え、校庭や駐車場への屋外設置型の増設も選択肢になります。

パーテーションだけでは感染症対策として不十分ですか?

距離の確保と飛沫の軽減には有効で、国の参考資料でも活用が示されています。ただ天井が開いているため、症状のある人の隔離用途では、壁と天井で覆われる個室のほうが飛沫の飛散を抑えられます。区画用のパーテーションと隔離用の個室は、役割を分けて備えるのが望ましい形です。

簡易的な個室で本当に感染を防げますか?

医療機関の陰圧室のような設備ではないため、感染を完全に遮断するものではありません。それでも、症状のある人と健康な人が同じ空間で雑魚寝を続ける状態と比べれば、飛沫と接触の機会を大きく減らせます。換気、手指消毒、マスク、専用トイレの確保と組み合わせて使うことが前提です。

企業の事業所にも隔離室は必要ですか?

従業員が発災後3日間程度とどまる施設内待機では、数十人以上が同じ空間で寝起きするため、避難所と同じ感染リスクが生じます。発熱者を隔離できる個室がなければ、待機している従業員全体に感染が広がり、事業復旧の初動要員を失いかねません。帰宅困難者対策の備蓄とあわせて検討することが推奨されます。

まとめ|隔離室は「発生してから探す」のでは間に合わない

この記事のポイント
  • 避難所は過密・断水・寒さが重なり、インフルエンザ・ノロウイルス・新型コロナが広がりやすい環境にある
  • 能登半島地震では避難者240〜300人の学校で最大約50人が感染し、隔離スペースは発生後に隣接分校の2階を確保する形だった
  • 国のガイドラインは受付での健康確認、距離とパーティション、発熱者の専用スペースの3段階を求めている
  • 隔離室の確保方法は、別室の指定、屋内の個室ユニット、屋外設置型の増設の3段階で重ねて備える
  • 場所・方法・数を開設前に決め、資材とあわせて備蓄し、受け入れから搬送までを訓練しておく

感染症の隔離室は、水や食料と違って「なくても数日はしのげる」ように見えます。だからこそ後回しにされ、発生してから探す事態を招いてきました。避難所運営マニュアルや事業所のBCPを見直す際は、隔離室の場所と方法の欄が埋まっているかを確認してみてください。施設の条件に応じた隔離スペースの作り方は、個別に相談を受け付けています。

監修者

山中典(やまなか つかさ)

株式会社LIFULL ArchiTech 取締役COO/名古屋工業大学共同研究員。インスタントハウスの開発・事業を軸に、災害支援から多様な空間活用まで幅広く展開している。

株式会社LIFULL ArchiTechは、東証プライム上場企業である株式会社LIFULLの子会社です。

目次